2016年7月14日 (木)

アサーティブ トレーニング

アサーティブとは、直訳すれば「自己主張」という事になるようですが、「自分の言いたい事を相手にどう伝えたらよいか?」の方法として活用されているようです。
 最近は、親子の会話法などでも活かされ、会社などの研修でも耳にします。アサーティブトレーニングを取り入れている組織も増えてきているようです。

 簡単に解説すれば、「相手の気持ちを受け容れて、はじめてこちらの気持ちを伝える事ができる」という考え方です。ただ一方的に自分の言いたい事を相手に伝えても、相手は聞こうとしないか、あるいは聞いてもすぐに忘れます。かといって、自分の言いたい事をはっきりと言わずにいては、そのうち相手も聞いてくれなくなります。それではこちらの気持ちも伝わりません。
 相手とよい会話をしていくうえで、この考え方は今の時代とても大切な要素になっています。相手が自分に何を望んでいるかを考えることがよい人間関係を築く基本でもあり、よい会話を生み出す大切な考え方です。
 まず、相手の言い分をしっかり聞き、何故そう思うかを考え、その事を理解したうえで、今度は自分の思いを伝える事が大切だという事になります。

2015年12月19日 (土)

「ストレスは栄養」!?

 「ストレスは僕にとっては栄養です!」と言ったのは、たしかタイガーウッズ選手ではなかったかと思います。今、ちょうどアメリカでマスターズが開催されており、予想通り彼は高順位につけているようです。
 彼のすごさは、パットや飛距離といった技術面に止まらず、メンタルな面のタフにもあるようです。去年亡くなった父君から伝授されたのは、むしろこの精神面での強さを作る秘訣のようなものではなかったかと思います。

 彼には「勝つ」という目的と信念があるため、心の方向性が定まっているのかもしれません。普通の人が彼の真似をすれば良いというわけではありませんが、彼の精神的な面での行動には、悩みに陥った時ヒントが多くあるのではないかと思います。
 カウンセリングでは、まさしく、ストレスを栄養にしていくという考え方を使うことがあります。厳密に言えば、「ストレス」というより、「精神的な苦痛」という言葉になるかもしれません。

 本来、苦痛は望まない感覚です。苦痛がなければ、楽なはずと思ってしまいます。しかし、もし苦痛がなければどうなるかを考えると、恐ろしい事とも考えられます。例えば、肉体的な痛みは、ある意味で危険や体に起きている問題をいち早く知らせる信号です。痛みがなければ、危険を回避できず、また、それを未然に防ぐための方法を持つことができません。言い換えれば、痛みという経験があって、その経験が未来の選択で活かされるということになります。

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2015年11月27日 (金)

伝わる言葉

 相手に自分の気持ちをどう伝えるか?このことは今の時代の大きなテーマかもしれません。今、親の言葉が子どもに伝わらない時代が来たようです。親は、子どもにいろいろなことを伝えようとします。子どもが社会で他人に迷惑をかけずに、ちゃんと自立していく事ができるように、精一杯伝えようとします。
 しかし、なかなかそういった親の気持ちや言葉が子どもに伝わりません。そのうちに、親は伝わらない事に腹を立てたり、落ち込んだり、そんなことを繰り返しているうちに伝える事を諦めてしまうようです。
 親子の関係ばかりではありません。先生と生徒、上司と部下、以前なら当然伝わっていたはずの言葉がちゃんと伝わりません。「人に迷惑をかけてはいけない」「自分で決めたことは実行する」「ルールやマナーを守る」こんなごく当たり前のことさえ伝わっていかないようです。
 アサーションという考え方があります。アメリカで女性が男性にしっかりと自分の意見や気持ちを伝えるために考えられた伝え方の一つの方法だそうです。もともとの意味は「自己主張」ということになるようですが、この言葉だと何か力で相手を論破するような感じを受けます。しかし、そうではなく、むしろ相手の気持ちをくみ取り、相手の立場で考え、そしてまず相手の言いたいことをちゃんと受け止めてから、こちらの伝えたい事を伝えると言うやり方です。
 力で押しても伝わりません。それより、まず相手を受け容れてはじめてこちらの気持ちが伝わるということをこれからの時代はよく考えてみる事が大切なことのようです。生活の中で、どのような言い方をすれば相手に伝わるかを考えていくことは、自分自身がいきいきと暮らすためにも必要な事ではないかと思います。

2015年10月17日 (土)

DVとモラルハラスメント

 DVやモラルハラスメントといった夫婦間に起きる、肉体的な暴力や精神的な暴力の問題はここ数年急増しているように思います。行為自体は虐待行為に他ならず、許されて良いものではありません。また、以前は、加害者は夫といった認識がありましたが、妻の方が加害者という例も最近は多く見受けられるようになりました。
 長年にわたり、被害を受け続けているにもかかわらず、夫婦間の問題として表面化しないケースもたくさんあるようです。その理由の一つは、いじめの問題と同様に、第三者に話したり相談することをためらう傾向があり、精神的な支配と従属の関係ができてしまうと、心理的な抑圧を受けてしまい、積極的な解決の意欲を失ってしまうといった事も見受けられます。
 また、せっかく第三者に救いを求めても適切な対応が取る事ができず、夫婦間で解決すべきものと、かえって諭されてしまうことも解決を遅らせる理由のようです。
 時に、加害者の方とお話しすることもあります。加害者側には相手を傷付けているという認識をあまり持っていない方も多いようです。むしろ相手を失いたくないという独占支配欲が大きくなっていることがあるようです。その意味では、幼児性や未成熟を感じる事もあります。また、人間関係が希薄になっている現代、自分を判ってくれる人や自分を認めてくれる人が極めて少ないという現実の中で、それが歪んだ形でDVやモラルハラスメントとという行動をとる場合もあるようです。
 夫婦の間にこういった問題があると、当然に、子どもの健全な育成にも影響が出ることがあります。また、親族間などにも影響が及ぶ事もあります。冷静に見た時、社会的な要素もあり、ご夫婦だけの問題ではないことも念頭に入れることが求められます。
 被害者が第三者に相談をするのはとても勇気がいります。しかし、勇気を持ってその一歩を踏み出すことが新たな被害を防止する事につながります。また、周囲が気付いた時は、被害者にできる限り寄添う事が大切と思います。そして、相談を受けた側は、ただ夫婦間の事と捉えるのではなく、社会全体の問題として、適切な対応をしていただきたいと願っています。

2015年9月 8日 (火)

見かたをプラスに!

 カウンセリングには、リフレーミングという技法があります。例えば「うちの嫁は気が強い!」といわれたら「しっかり者のお嫁さんなのですね!」と返します。気が弱いは、優しいとか気遣う心。のろまは、おっとり。ケチは、節約家。臆病は慎重といったように、悪い点に見えるところを良い見かたに言い換える方法です。
 性格は見かた次第で、短所に見えたり、長所に見えたりするようです。基本的には、欠点を才能と受け止めるために、このリフレーミングの技法を用います。相手に対するばかりではなく、自分自身に対しても欠点や短所に見えるところを、これを使って個性や長所としてとらえることができればダメ出しせずにいられます。さらにそれを自分の才能として受け止めることができれば自信につながることも不可能ではなくなるようです。
 物の見かたには必ずプラス側とマイナス側があるようです。日本人はとかく見かたがマイナス側にある人が多いといわれます。これをプラス側から見ることができるようにするためには反復する事が必要です。毎日の生活の中で、見かたをプラスにする習慣をつけること。これがカウンセリングの考え方の中にあります。
 見かたをプラスにすると、楽になることができます。性格だけではなく、起きた事に対してもこれを用いる事ができます。例えば、何か問題が起きた時でも、そのことをプラス側から見ると問題点が冷静に見えてくるようです。
 例えば、何か失敗をしてしまった時、人は自分を責めてしまう事があります。「何でこんな事をしたのだろう」といったように後悔の念も生まれます。こんな時、失敗した事でどんな事に気付くことができたかを考えてみます。もし、何か気付いた事があればその失敗は次の経験として活かしていくことができます。そうなれば、その事が良い点です。
 悲観的な方は、どうしても起きた事のマイナス面だけを見てしまうようです。しかし、そんな時、それが起きて良かった事に焦点を当てることができれば、プラス面が見えてきます。
 マイナス面を見てダメ出しをすれば変えにくくなります。むしろ、プラス面を見て次にそれを活かす事を考えれば変えやすいようです。人生、一寸先は闇かもしれません。毎日、いろいろな問題を抱えた方が相談にいらっしゃいます。でも、起きた事に悲観する前に、何か良かった点を探してみると、意外にたくさんのことに気付く事ができるようです。
 

2015年8月12日 (水)

親だってわかって欲しい

 今、以前に比べて地域間や職場、学校で人間関係が希薄になっていることに気付かされます。以前が良くて今が悪いと言う事ではありません。豊かな時代の中で、この現象はある意味で当然に起こり得ることのようです。
 人と関わらなくても生きていくことに不自由のない社会です。人と関わればそれなりにストレスを感じることも多く、その煩わしさを避けることができれば、それに越したことはないのかもしれません。そのため、地域間や社会の中での人間関係は希薄になり、むしろ家族間でのつながりが密着になることも多いようです。
 しかし、人間には「誰かにわかって欲しい」という強い欲求があるといわれています。誰かと一緒にいたいとか、何か他の人と関わりたいという欲求は、心の中で意識しなくても強い欲求として存在しています。この欲求は良い人間関係の中で、満たすことができるもののようです。
 社会の中での人間同士の関係が希薄になると、この欲求は家族に向いてきます。家族に、気持ちをわかって欲しいという心は、子どもだけではなく親にもあります。むしろ、今の時代は親の方がこの欲求を強く持っていることに気付かされます。
 親子の関わりの中で、親がこの欲求を強く持っていながらそれが満たされない時、この心は子どもに向いていきます。子どもには、自分の気持ちをわかって欲しいという心です。子どもに何も問題がなく、子どもが外で良い人間関係を築いている場合は良いのですが、子ども自身がこの欲求が満たされずにいるときは、親子でこの欲求がぶつかってしまう事があるようです。
 親も子も、相手にわかって欲しいという気持ちを強く持った時、お互いの中でその競い合いが起きてしまう事もあるようです。子どもの年齢が低いと親がこれに勝ってしまいます。子どもは、自分の気持ちをわかってもらえる前に親の気持ちを聞かされてしまうことになります。そして、年齢が高くなるにつれて、親の話を聞かされることが苦痛になるようです。
 この悪循環の根を絶つためには、やはりどこかで親がそのことに気付くことが求められます。親だってわかって欲しい!でも、そのためには、まず、子どもの気持ちをわかろうとすることが先です。親離れ、子離れといったことをよく耳にします。無理に離れる事より、お互いが相手をわかろうとすることから、自然に良い距離が出来上がってくるのかもしれません。

2015年7月10日 (金)

相手は変えられないから

 新しい心理学の考え方の一つに、「相手は私の思うとおりには変わらない!」という考え方があります。自分の子どもや夫、あるいは友人や会社の仲間など、人との関わりの中で、ついつい相手に変わって欲しいと思うことがあります。しかし、相手はこちらの思う通りには変わらないようです。その証拠に、もし相手の思うとおりにこちらが変わることができるかと訊かれれば、無理という答が返ってきます。カウンセリングの中で、カウンセラーがクライアントさんを変えることも実はほとんど不可能です。
 日常で起きるいろいろな問題を見ると、相手に変わって欲しいと思いながらもそれが果たせず、かえってそのことが人間関係を悪化させてしまう要因になっていることがよくあります。そうなるとますます相手に変わって欲しくなるようです。そこに悪循環が生じます。相手を変えようとするやり方で問題を解決しようとすれば、問題は時に深刻になってしまいます。
 かといって、自分を変えることもなかなかできません。特に、相手のほうに問題があると思うとき、自分を変えることなど思いもよりません。
 そんなときの一つの考え方は、「変えられないものは変えようとしない」ということです。変えられないものを変えようとすれば問題が深刻になってしまうのであれば、むしろ「変えない!」ことを前提にしたほうが解決の糸口が見えてきます。
 人間、「変われ!」と言われれば変わりたくなくなりますが、「変わらなくていいよ!」と言われると少し変えてみたくなるようです。それが、こちらの思うとおりに変わるかどうかはわかりませんが、袋小路に入ってしまった人間関係のもつれを少しほぐすためには、こんな考え方があることを知っておくのも良いかも知れません。

2015年6月28日 (日)

大人になりきれない大人

 最近のご相談の中には以前にはあまりなかったようなことが時々入ってきます。例えば、ご夫婦相談の中で、買いものでちょっとご主人を待たせてしまったため奥様が謝ったところ、それから数年間一言も話してくれなくなった、といったようなご相談です。お子さんもいるご夫婦で、お子さんとは話をするそうですが夫婦の会話はそれ以来途絶えてしまったそうです。
 また、別のご相談では、夫が外からガラクタを拾ってくる事に文句を言ったところ、自分の物をすべて一部屋の中に持ち込んで、家族との交流を一切絶ってしまったというお話もありました。仕事にはちゃんと出かけていき、外では普通のサラリーマンをやっているとのことでした。
 どちらの例も、特に他にこれといった原因と思われることがありません。ある日突然関係が悪くなってしまい、それ以来修正ができなくなっているようです。まるで、子どもが拗ねるような感じです。これは男性に限りません。拗ねている子供であれば、何か懐柔策を見つけることもできるのでしょうが、大人が一旦こうなってしまうと家族には手が付けられなくなってしまいます。当人としては、それまでの間に何か不満がつのっていた事とは思いますが、それを伝える事もなくある日突然、関係を絶ってしまうようです。また、その後も歩み寄ろうとしなくなります。相手に無視され続ける事は人にとってはとても辛い事です。時には、そのことが原因で心が傷付き、一種のいじめを受けた状態に陥ってしまう事もあるようです。
 こういった事例のみならず、今、社会全体が何か幼児化していることを感じる事があります。大人になりきれていない大人が増えているような気がしてなりません。おそらく、これも豊かさが生み出した一つの現象ではないかと思います。決して、良し悪しを論じるものではありませんが、そのことで辛さを味わう人がいる以上、やはり何か打つ手を考えていく必要は感じます。
 日本人のコミュニケーションはもともと「察する」文化でもあったようです。今、これが変わりつつあります。自分自身で相手に伝えないと誰も判ってくれないようです。大人になりきれない大人が多くなった理由の一つは、コミュニケーションのあり方が変わっていることにも原因があるのかもしれません。そう考えると、今、この時代に適したコミュニケーションのあり方を考えていく事が必要ではないかと思います。その一つのキーワードは「受容」かもしれません。この言葉のもつ意味が心豊かな未来を創るためのヒントになるのではないかと思っています。

2015年6月 7日 (日)

他人の選択

 家庭内の問題のご相談を受けていると、よく「相手の選択の結果、問題が起きてしまった」というお話をお聞きします。例えばご夫婦の間では、「夫は自分の言うとおりにしないと怒るのでこうした」とか、「父親の意見に従ってこの学校を選んだ」といった具合です。結果が良ければ問題ないのですが、その結果何か問題が起きた時、そのことが受け容れられなくなってしまう事があります。
 相手が悪意で、その選択をすることもありますが、多くの場合は相手も善意の選択です。結果として起きた問題が大きい問題であると、相手を責めたくなる事もあります。また、それを拒否できなかった自分を責めて後悔する事もあります。人は、自分の心を自分自身で傷付けることができないため、相手を責めた方がとりあえずは心の苦痛は少なくてすみます。しかし、そうやって相手を恨み続けても問題そのものは解決していきません。

 こんな時、すこし冷静に客観的にその問題を見つめてみます。確かに、最初の選択は相手の選択かもしれません。しかし、結果としてそれを受け容れたのは自分ということになります。つまり、相手の選択に見えても、実は本当にそれを選択したのは自分ということのようです。
 勿論、自分の全く知らないところで相手によって行われた選択であれば、話は少し違ってきます。また、悪意によってそれを知らされなかった場合も同様です。しかし、そのことを知る事ができてからは、自分の選択ということになるようです。

 自分が選択したと受け止めることができれば、解決の糸口が見つけやすくなります。何故なら、自分の選択であれば必ず良かれの選択だからです。自分にとって悪い選択はできません。ただ結果から見て選択の良し悪しを判断してしまうようです。結果と見ると、悪い選択に見えることも、経過と受け止めれば少し楽に考えられます。経過と受け止めることができれば、もっと良くしていく選択が、今までの経験の中にあるからです。
 選択で迷う人が多い時代ですが、こんな考え方が心の世界ではよく使われています。

2015年5月31日 (日)

家族から借金を頼まれた時

 「孫から『100万円貸して欲しい!』と頼まれた」というご相談が入りました。振り込め詐欺ではなく、ちゃんとお孫さんが家まで来て祖母に頼んだようです。ご親族から借金の依頼があったとき、肉親の情もありなかなか断わる事ができないようです。かといって、金額が高額だと迷う事も多く、こういったご相談は私たちにもよく入ります。  ほとんどの場合、借金はそれなりに理由があります。また、「必ず返します」という口約束をしたり、簡単な借用書を書いたりすることで相手に信用してもらおうとするようです。しかし、私たちのところに入ってくるこういったご相談の裏側には、必ずと言っていいほど多重債務が隠れています。  家のローンの頭金とか、入院費用といったように、しっかりとした理由が見えている場合は問題は少ないようです。でも、仕事のミスとか家賃が払えないとかといったように一見辻褄が合っているようで何か疑わしい理由の場合は、裏でもっと大きな借金を抱え込んでしまっていることがほとんどです。  肉親に借金を申し込む事は、実は心理的に一番躊躇が働く事でもあります。消費者金融から借りる事を助長するわけではありませんが、今、お金に困った時はいろいろな所で簡単にキャッシングをすることができます。勿論、そういったキャッシングは高利のため肉親から無利息で借りることができればそれにこした事はないのですが、多くの場合先に行くのはそういったキャッシングできる場所です。  だから、親族に借金を依頼するのは、そういったキャッシングの返済に行き詰っていたり、どこからも借りれなくなっている場合が考えられます。そうなると、せっかく貸してもそれは返済のための借金ということになってしまい、かえって再発を招く原因になってしまいます。  すべてがそうというわけではありませんが、もし、親族から借金を申し込まれた時は、ただ責めたり問い詰めたりするのではなく、穏やかに本当の理由を聴くことが大切ではないかと思います。そして、そのうえで信頼できる第三者に相談をすることができれば、ピンチがやり直しのチャンスに変わるようです。

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